Introduction

 我々は低分子ペプチドがアルツハイマー病発症の原因となるβ-アミロイドタンパク質を分解することを見出し、このような酵素ペプチドを「Catalytide」と名付けました。Catalytideの発見は、これまでの酵素の概念を覆す極めて興味ある科学的発見であるとともに、アルツハイマー病の治療薬開発や様々な産業への低分子ペプチドの利用を期待させるものです。
 アルツハイマー病(AD) およびパーキンソン病(PD) の 患者数は社会の高齢化に伴い増加の一途を辿っており、大きな社会問題となっています。そのため、早急な治療薬の開発が望まれていますが、多くの開発研究にもかかわらず、現在のところ有効な治療薬の開発には至っていません。我々は低分子ペプチドがアミロイドβの分解促進・凝集抑制だけでなく、パーキンソン病の発症原因となるαーシヌクレインの凝集抑制・凝集体乖離作用を示すことも明らかにしています。このような知見から、低分子ペプチドはADやPD の進行を抑えるばかりでなく、発症後においても症状を改善できる根本的な AD/PD 治療薬になると考えています。
 最近、アミロイドベータ(Aβ)の凝集体に対するヒト化 IgG1 モノクローナル抗体(レカネマブ)が厚生労働省より「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」の効能・効果で製造販売が承認されましたが、副作用や価格面を考えると一抹の不安が残ります。一方、Catalytideはペプチドであり、① 抗体医薬品に比べ副作用は少なく、かつ安価である、② 最終的にアミノ酸に分解され再利用される、③ 経鼻投与が有効であり、かつ毒性が少なく連続投与が可能である、④ 誘導体化・修飾が容易であるという特徴を有し、抗体医薬に代わる医薬品としての利用が期待されます。

Current Projects

1.アルツハイマー病治療薬の開発

 アルツハイマー病は、記憶や思考能力がゆっくりと障害され、進行すると家族さえも認識できないようになり、ほとんどの時間ベッド上で過ごす寝たきり状態になる場合もあります。アルツハイマー病は、高齢者における認知症の最も一般的な原因であり、不可逆的な進行性の脳疾患ですが、残念ながら有効な治療法はありません。現在、アルツハイマー病の治療薬として使用されている医薬品も、アルツハイマー病の病態そのものの進行に変化を与えるものでありません。そのため、早急な治療薬の開発が望まれていますが、多くの開発研究にもかかわらず、現在のところ有効な治療薬の開発には至っていません。最近アメリカ食品医薬品局 より承認されたアデュカヌマブに期待が高まっていますが、条件付き承認であり、抗体医薬品故の副作用を推測すると一抹の不安が残ります。
 アルツハイマー病の発症には、脳内にアミロイドβの凝集性の不溶物が蓄積することが関与しています(図1)。我々は世界で初めて短鎖ペプチド(Catalytide)が不溶性のアミロイドβを加水分解することを示しました。また、凝集性のアミロイドβの乖離を促進して可溶性にする短鎖ペプチドも見つけています。さらに、アルツハイマー病モデルマウス( APP ノックイン AD モデルマウス)を用いた実験により、Catalytideの中で最も活性の強い9アミノ酸残基からなるJAL-TA9(YKGSGFRMI)が脳内のアミロイドβを加水分解して減少させること証明しました。また、Aβ25-35 脳室内投与アルツハイマー病モデルマウスを用いた実験から、JAL-TA9が発症前の予防効果および発症後の治療効果(認知機能の改善)を有していることを確認しています。さらに、JAL-TA9は静脈注射だけでなく、経鼻投与によっても治療効果の得られることを明らかにしています。

2.パーキンソン病治療薬の開発

 パーキンソン病は、ドパミン神経細胞の減少によりドパミンが減ることにより起きます。ドパミン神経細胞の減少には、ドパミン神経細胞中のα-シヌクレインというタンパク質が凝集して蓄積することが関係しており、α-シヌクレインの凝集体が増えないようにすることが、治療薬開発の大きな目標となっています。
 我々はα-シヌクレインの凝集体の蓄積を抑える作用を示す凝集抑制・凝集体乖離ぺプチド(LYZA-3およびYS-RD11)を見つけています。さらに、Syn61-84(α-シヌクレインの61番目から84番目のアミノ酸からなるペプチド)を脳室内に投与したパーキンソン病モデルマウスを用いた実験により、これらのペプチドがSyn61-84投与における運動機能の低下を防ぐことを明らかにしています。LYZA-3 及び YS-RD11 は運動機能低下後の投与、及び低下前の投与の両者で効果を示すことから、予防から治療まで可能な治療薬としての利用が期待されます。

3.筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬の開発

 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は、意識は正常に保たれるにも関わらず運動ニューロンの障害により全身の筋肉が動かせなくなり、発症後短期間で死に至る難病であり、現時点で有効な治療薬は開発されていません。ALS は活性酸素の一種である SOD1 の立体構造が正常型から高い毒性を持つ異常型に変化し、脊髄運動神経に蓄積することが発症原因とされていますが、その詳細は明らかにされていません。
 我々は、SOD1フラグメントペプチド を ICR マウスの尾静脈に投与することで ALS 様の運動機能低下と体重減少の起こることを確認しています。さらに、SOD1フラグメントペプチドを加水分解する Catalytideを見いだしており、現在、CatalytideのALS治療薬としての利用を目指した検討を精力的に行っています。

4.IgA腎症治療薬の開発

 慢性糸球体腎炎の原因としてIgA 腎症は最も多く、成人発症の  IgA 腎症では 10 年で 15-20% が、20 年で約 40% が末期腎不全に至ります。IgA 腎症が発症する原因としては、異常糖鎖により修飾された IgA を中心に免疫複合体が糸球体内に沈着することにより生ずると言われていますが、現時点で根本的な治療法はなく、副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬などによる治療で進行を抑制しているのが現状です。
 我々はJAL-TA9 をマウスの尾静脈に投与した結果、尿中タンパクの減少や尿細管障害の指標となる β2-ミクログロブリンが低下することを確認しています。また、安楽死後、腎臓を摘出し重量を測定した結果、JAL-TA9 投与群では腎臓の線維化が抑制されていることが示唆されました。JAL-TA9は腎臓に沈着した免疫複合体を分解することで IgA 腎症の治療薬となる可能性が考えられ、現在、開発に向けた基礎実験を実施しています。

5.関連特許

  1. 秋澤俊史、山本雅、 「加水分解活性を示す新規ペプチドおよびその用途」、国際特許出願PCT/JP2017/000341
    1-1. 同上 日本特許7046349
    1-2. 同上 米国特許10,995,119
    1-3. 同上 欧州日本特許17736048 (イギリス、ドイツ、フランス、スイスにて登録)
    1-4. 同上 中国特許108699122
  2. 秋澤俊史、中村里菜、他2名、「アミロイドβ の凝集抑制、アミロイドβ凝集疾患用医薬品組成物、およびその用途」、特願2020-167404
  3. 秋澤俊史、齊藤源顕、中村里菜、「α-シヌクレインの凝集抑制剤、α-シヌクレイン凝集疾患用医薬組成物、およびその用途」、特願 2021-080512
  4. 秋澤俊史、齊藤源顕、中村里菜、「アミロイドβ の凝集抑制剤、アミロイドβ 凝集疾患用医薬組成物、およびその用途」、特願 2021-080513